アビスSS 「禍つ首」

えーーー、アビスのSSです。
クローズドスコア通りに帝国滅亡したというパラレル。普通に死にネタというか、むしろオカルトネタ。生首注意。キャラの首がまじ切り落とされてます。
ナタリア視点ですが、一応ジェイ→ピオ……なのか?

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あっという間の、二ヶ月であった。
たった二ヶ月。
それだけで、自分たちのしてきた苦労は、水泡に帰した。
折角くい止めたはずの戦争は、結局は延期にしかならず、再度勃発した戦火を鎮める手だてを、ナタリア達はろくに持ち合わせてはいなかった。
ガイと大佐がマルクトの本国へとんぼ返りし、アニスとティアが教団からもたらしてくれる情報を頼りに、ナタリアはルークと国中を駆け回ったけれど、火を消す速度よりも、火の手が回る速度の方が、圧倒的に早かったのだ。
結局、グランコクマ陥落と、皇帝の崩御を知らされたのは、実際の陥落から三日たった後のことであった。
帝国の武将達の首が、数々並べられ、王国の勝利を飾ったが、勿論のこと最大の戦利品と言えば、最終皇帝《ラストエンペラー》ピオニーの御印に尽きた。
それらへの取り扱いは、無論のこと王家の管轄ではあったが、流石に周囲の大臣達も、うら若き娘へ、その仕事を見せて良いものかどうか躊躇っていた様子であった。だが、ナタリアはきっちり、全ての式典の場に出席するとの意向を伝えた。
するべき事からは、何物からも逃げたくはなかった。
とはいえ、流石に知人の首は見たくなかった。例えばそれこそ、ピオニー元陛下のものだとか。
(折角のハンサムも、首から下が無くては台無しでしてよ……)
多分彼も、そんな姿をレディには見られたくないと言うだろう。生前の彼の、女ったらしの、明るい人柄を思い浮かべ、そう感じる。だから、そういう一部の者の首だけは見ないことを許してもらった。
とはいえ、式典以外にも、本当にたくさんの仕事をしなければならなかった。
戦後処理と、国内の統制と、結局何がどうなったのかの事実関係を把握するための、情報把握などなど。
特に情報把握は、ナタリアも必死になって取り組んだ。
何よりも、マルクト貴族に復帰していた、ガイの動向が気にかかったのだ。
最近になって皇宮を出入りするようになったばかりの彼は、あまり目立つ状態ではなかったらしく、圧倒的な情報不足に悩まされた。
結局、どうやらスパイ的な仕事を任されており、そのために情報がきわめて少なかったこと。しかしグランコクマの攻防戦には参加していたらしく、その最中に、市街の子供を庇って亡くなったらしいことなどが分かったのは、帝都陥落から一月後のことだった。
どうにかこうにか遺体だけは無事、ホド住民達を祭る墓地へ収容してもらえることになったらしいが、その墓にとて、実際は本物の家族の遺体が眠っているわけではない。悲しいかな、彼はただ一人、家名を背負って、己の墓に入ることになったのだ。
やるせなかったが、幸か不幸か、もはやその墓さえもキムラスカ領土となった今は、ナタリア達が彼の墓参りへ向かうことも、そう遠くない日に叶いそうなことではあった。
少なくともガイは文句などは言うまい。己の人生に、どんなことが起こっても、受け入れ微笑むだけの度量を、彼は確かに持っていた。そんな人だったのだから。
とまれ、そんなこんなで、様々なことに追われてさらに二ヶ月を過ごしていた。
ようやく混乱とも呼びたくなるようなごたごたに収拾がつき始め、一息ついた頃。大変失礼な話だとは思うが、正直すっかりその存在を忘れかけていた頃だった。
あの男の噂を耳にしたのは。
「死霊使い《ネクロマンサー》の禍つ首?」
「という、噂ですな」
最初に思ったのは、今更何故そんな噂が、ということだ。
『あの』大佐の死は、比較的早い段階で入手できていた情報の一つだった。
なんでも皇宮を護る最後の防衛線を死守すべく戦いに参加していたらしい。
その活躍は凄まじく、兵が残っていた間は、迅速且つ的確に用兵を行って被害をぎりぎりまで食い止め、兵が八割死に絶え、己が直接参戦し始めてからは、自らの譜術で次々とキムラスカ兵を餌食にしていったという。
最後は、譜力暴走抑制用の眼鏡をかなぐり捨てて、敵味方を巻き込んだ大譜術で、皇宮の周囲に氷の嵐を張り巡らせ、何人たりとて寄せ付けぬような要塞を作り上げたらしい。
結局何人もの兵を犠牲にして、その氷の嵐を突破し、彼の首を切り落とすことに成功しなければ、皇宮に突入することもままならなかったのだという。
問題は、その切り落とされた大佐の首だった。
運搬係に引き渡され、輸送されるはずだったその首が、途中で行方不明になったらしいのだ。
正確には運搬係が、持ち逃げしたという。
一体そんなことをして、何の得になるというのか? 誰もそんなことは分からなかったのだが、最近になって譜術師の間で、ある奇妙な噂が流れ始めたのだという。
曰く、死霊使いの首を手にした者は、首に気に入られさえすれば、素晴らしい力を与えられることになる。
曰く、その首は相応しくない者が手にすれば、容赦なく手にした者の身を滅ぼしてしまうだろう。
それらは無論のこと、あまりにも非科学的な噂でしかなかったのだが。
(大佐が『あの』大佐なだけに、妙な説得力を感じさせますわね)
それはこの噂をしている、当の譜術師達も感じたことなのか、どうもこの首を巡って、一部の譜術師達の間で、水面下で取り合いが起こっているらしい、というのである。
無論のこと、オカルティックな世界に通じる者達だけの秘密だったらしいのだが、首の持ち主とされる者達が次々と変死しているため、とうとう表の世界にまで噂が流れるようになってきたらしい。
例えば、先頃凍死体で発見された譜術師のエリソン氏は、もっと前に強盗に押し入られて殺されたデナート氏から、実は強盗を雇って死霊使いの首を盗んでいたらしいだとか、そのもう一つ前の持ち主であったと噂されるブリッカーノ氏の死体が、先日近郊の森の中で発見されて、死因が未だにわからないだとか。
「でもそれでは、全員が気に入られることなく、首に嫌われてしまったということになりませんの?」
だれも首から祝福されないようでは、首を取り合う意味がない。
だれかが首を得て、良いことが起こったからこそ、取り合う展開になるはずなのだが。
「それがどうも、初めのうちは力を与えてもらったらしい人が、何人か居るらしいのですな。勿論全て噂に過ぎないのですが。ただ、そのうち嫌われて、呪い殺されてしまったらしい、と」
「あら、それではまるで、罠ではありませんか」
力を与えてくれるかもしれない、といっておきながら、次々持ち主が変わると言うことは、つまり片っ端から全員不幸になっているということだ。これでは反則ではないか。
「冷静な者から見れば、そう見えるでしょうな。だが力を欲している渦中の人間にはそれが見えない。だから『禍つ首』と噂しているのですよ。ブリッカーノ殿だとか、有名どころの方まで亡くなっているとなると、これはちょっとした我が国の損失ですからな。まるで死霊使いが、この国を呪い、祟っているようだと、そう思えてしまう。何しろあの死霊使いが、ただ一人忠誠を誓い頭を垂れた相手が、かの皇帝だったと聞きますからな。その主を殺されては、祟ってもおかしくはない気がしてくるでしょう」
「それで、結局その首は一体、今誰の手元にあるのですか?」
「それが分からんから、噂止まりなのですよ」
「まぁ、確かに……。でもそもそも、もう何ヶ月も前の首では、良くて死蝋か木乃伊《ミイラ》、普通は腐ってしまっているでしょうに」
「一応、氷付けで保管している、という合理的な噂にはなっておりますな」
「なるほど」
無論彼はもはや死んでいる。だから、今更どうこう言っても始まらない話ではある。
だが、相手があの大佐では、やはり何というか、あまり放っておく気になれなかった。
それは、一緒に旅をした仲間が、首のまま埋葬もされず、人々の手をたらい回しにされているのは気の毒だという意味でもあるし、何しろあの大佐では、手に入れた人々をこれからも不幸にするかも知れないと、少し本気で思えてしまう、という意味でもある。
結局、オカルト的なうわさ話に、あまり本気で人員を割くわけにもいかないので、時折暇を見つけては、自分の足で調査する程度に止まった。
情報収集の成果が集まり、話の全貌が見え始めてきたのは、それからさらに二ヶ月後のことであった。
まず最初の犠牲者、とも言うべき人間は、どうやら戦場で大佐の首を手に取った、デニッツァ将軍だったようだ。
将軍は士気を上げようと、苦労して手にした首玉は、持ち歩いた状態で、敵の残兵と戦うのが常だったらしい。
だが、彼が譜術を使った時、異変は起きた。
本来ならしくじるはずのない下級の譜術を制御し損ない、自らの体をも焼いてしまった。衝撃で手にしていた首は取り落としたため、首は無傷のままだったが、将軍本人は命を落とした。
その時の状況を目撃していた何人かの兵は、揃って同じ事を証言した。
将軍が譜術を使った瞬間、彼が手にしていた首、すなわち死霊使いの目が、赤く光っていた、と。まるで生きているかのように、妖しく。
それで大体の事情が把握できた。
つまり全ての原因は、元はと言えばおそらく、大佐の譜眼だ。
以前話に聞いたのだが、あれは一度刻んでしまえば、あとは譜の形が崩れるような事態が起こらない限り、ごく近距離での譜力に反応して自動的に発動し、その力を増幅してしまうものらしい。たとえ譜眼の持ち主が死んでいたとしても、それは変わらない。
本来は大佐の譜術にのみ反応する程度の距離設定だったのだが、何しろ体の方が無くなっているのだから、元々は想定し得ないほど近距離に他人が入り込んだ挙げ句、譜術を使うことも起こり得てしまった。つまり、彼の首を持ったまま譜術を使うような状況だ。
あとはギャンブルも同然だったろう。
大佐の首を持った状態で譜術を使い、運が良ければ増強された譜力の恩恵を受けることが出来るが、逆に運が悪ければ譜術が暴走してしまう。
将軍はそのギャンブルに負けてしまったのだ。
だがおそらく、大佐の首を盗んだ運搬係は、ギャンブルに一度は成功したのだろう。恐ろしい戦場で増幅された譜力に、おそらくは命も救われたことだろう。
そうして首に魅了され、手放せなくなり、ついには大佐の首を抱えて逃げ出したのだ。
しかし一度か二度ギャンブルに勝ったとしても、使い続けていれば、いずれは負ける時が来る。
大佐本人でさえ、自力だけでは制御できない瞳なのだ。勝ち続けることなど出来るわけがない。
そうして持ち主は死に続け、あとは、噂通りのたらい回しと言うわけである。
ナタリアは己の推理をまとめると、すぐに警邏長を呼び出した。
「つまり、首は実在している、と?」
「えぇ。おそらくは実際に被害が出ていると思いますわ。ただの噂ではなく」
そうなれば、話はオカルトではなくなる。これはもう立派な事件だ。
ナタリアの推測をもとに、正式な捜査を行う事が決まり、まもなく城下の一譜術師の家から、大佐の首が発見されることとなった。
噂通り、それは氷の譜術で保管されており、無傷に近い状態で発見されたという。
木箱に封入された首が運ばれ、その中身を確認した兵士は、思わずうめき声を上げて、眉を顰めた。
その場に居合わせていたナタリアの存在を思い出すと、彼は少し迷いながらも、恐る恐る「ご覧になりますか?」と尋ねて来た。やめておいた方がよい、とでも言いたげに。
「結構ですわ。どうせおぞましいほど美しいのでしょう? この世の物とは思えないくらい、悪魔でも宿っているみたいに」
兵士の沈黙が、その言葉を肯定した。
そういう男だ。そう思う。
生きている頃から、人の背筋を凍らせてばかりいた。そしてそういう時は決まって、美しい微笑みを浮かべているのだ。
雪のように白い肌に、一筋の切り傷のように開かれた瞳の色は、血のように赤く、そしてそれら全ての配置は完璧に整っている。まるで人形のように、あるいは人の振りをして化けている、怪物のように。
生前からそんな風だった。ましてや生首となった彼の美貌のおぞましさは、推して知るべし、である。
そんな生首が、選ばれた者だけに不思議な力を与えてくれるとなれば、人々が魅了されてしまうのも無理はないだろう、とは思った。ただし、それは悪魔の微笑みだ。
「ともかく、首は他の首玉と同じ手順で、埋葬なさい。くれぐれも目をくり抜いて保管したりなどはしないように。相手が敵将とはいえ、それが最低限の礼儀というものです」
念のため釘を刺してから、兵士を退出させた。
疲労をはき出すようにため息をついて、ふいに自分が疲れていることを、ナタリアは思い出した。
昨日も式典があったのだ。
それは、様々な戦後処理が終了してから、数ヶ月もたった頃ではあったが、ようやく正式な告知の場となった。
すなわち、マルクト帝国の滅亡の公式発表である。
ふと、最初にこの噂を持ち込んだ大臣の言っていたことは、正しかったのではないかと、ナタリアは思った。
大佐はピオニー陛下を殺したこの国を、少しくらいは祟ってもいいと思ったのではないか、と。
あまり人間味のない彼に、その手の怨恨は似合わないが、それでもその人間味のなさに罪悪感を感じる程度には、心のような何かを持ち合わせている。そしてその数少ない人間味をもたらしているのが、ピオニー陛下だったのではないか。そんな風に見えたのを覚えている。
だからほんの少し、まるで悪戯のように、少しだけ祟ってみたのではないか。
つまりこれは、彼が置きみやげとして残した、ちょっとしたイベントだったのではないだろうか。
「まぁ、あなたにしては、茶番でしたわね」
自室へ戻る道すがら、ナタリアはそう呟いた。

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たいさなら ひとを ごろくにん たたりごろすくらい らくしょーだとおもう

そしてぶっちゃけ、この話で一番気の毒なのは、多分ガイだ……

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